スピリチュアリスト日記



過去ログ <2010>

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スピリチュアリズム・FukuokaCircle



’10/12/16
「2010年の終わりに・・・寂しさの克服」


最近、続けて目にしたテレビのドキュメンタリー番組やネットのニュースを通じて、寂しさ・孤独が人間の一番のアキレス腱であるということを、あらためて深く実感する機会がありました。ドキュメンタリーでは、それまで犯罪とは一切無縁な生活を送っていた高齢者が長年連れ添ってきた配偶者を亡くして、話す相手もいない寂しさから生き甲斐を失い、考えもしなかった罪を犯してしまうという内容でした。
また、あるネットの報告では世界の小学生の中で日本の小学生が一番孤独を感じているということでした。

言うまでもなく寂しさ・孤独は人間だけが持つ感情です。が、表面上は豊かな生活を楽しんでいる人々の多くが、心の深くでは寂しさを抱えていることをあらためて現実の問題として考えさせられました。さらに驚いたことは、世界の小学生の中で日本の子供たちが最も孤独を感じているという事実でした。
愛されていないと感じることから寂しさは始まります。家庭があり、友人に囲まれながらふっと感じる孤独感はどこに由来するかといえば、そこに霊的真理に基づいた本当の愛がないからです。
幸いなことに私たちスピリチュアリストはその思いを克服する術を知っています。それは人間の生きる根本の原因と目的を霊的真理によって教えられているからです。もちろん人間である以上寂しさ・孤独という感情と無縁になることはできません。しかし、そうした状況に陥ったとしても、自分自身をそれ以上追い込むことはありません。心を切り替え、霊訓を読み、霊的視野を持つことで本物の愛で愛されていたことを思い出すことができるからです。
真理を深く理解できるようになれば一人の時間を楽しむことさえできます。それは神と守護霊と自分だけの大切な時間です。そうした時間をいつも取ることで、自分は常に神と守護霊から愛されていることを実感し、孤独を感じることも寂しさからも解放されるようになるのです。
誰かといつも繋がっていなければ不安を感じるこの世の多くの人たちに、一日も早く知って欲しいシルバーバーチの言葉があります。これはニューズレター42号シルバーバーチ抜粋集−孤独感・寂しさを乗り越えるために−にも取り上げられています。
世界のすべての人々がこの言葉を実感することができるように、これからも真理普及に励んでいきたいと思います。

あなた方は一時として一人ぼっちでいることはないこと、周囲には常にあなた方を愛する大勢の人々が見守り、導き、援助し、鼓舞せんとして待機していることを知っていただきたいのです。
(シルバーバーチは語る・83)


2011年も多くの人が真理に目覚め、霊的人生に一歩を踏み出す新たな1年となりますように心からお祈りいたします。(S・S)



’10/12/16
「不安な思いを解消する」 


霊界から示されたスピリチュアリズムの霊的真理に対して確信を持つことは、地上の問題を乗り越える上でとても重要なことです。霊界の存在を深く理解していなかったり、霊的視野で地上の出来事を見ることができなければ、自分の将来に不安を感じたとき、心配や取り越し苦労をしてしまいます。例えば健康に自信を持っていた人が不治の病を宣告されたり、事業を起している人が経営不振になり生活が不安定になったりすると、目の前が真っ暗になり、絶望感に捉われてしまいます。
こうしたことは多くの人が日常生活の中で常に関わっている身近なことです。霊的真理を学び実践している人であっても、真理そのものがしっかり自分のものになっていなければ結果的に一般的な人と同じように心配や取り越し苦労をしてしまいます。
しかしそういう時こそ、すぐに霊的真理を思い起こさなければなりません。シルバーバーチが霊訓の中で語っている言葉を思い出して、その言葉通りに思い切って心を切り替えることができなければ、真理を実践しているとは言えません。本来はそうした不安な思いをする前に自然に霊的視野で見ることが必要です。霊的真理の深い理解と共に、神と霊界に人生を全面的に委ねていることをしっかりと確認して、その中で心を治め安心感を持ち、明るい前向きな気持になることが大切です。
シルバーバーチは霊訓の中で次のように語っています。

元気をお出しなさい。くよくよしてはいけません。取り越し苦労はお止しなさい。心配しても何にもなりません。心配の念は霊界から届けられる援助の通路を塞ぎます。自信を持つのです。道は絶対に開けるという確信を持つのです。
 (シルバーバーチの霊訓・10−165

心をすぐに切り替えることはとても大変なことですが、強く意識して実行していきたいと思います。(T・S)




’10/11/18
「最高の道具を目指す」 


祈りのときなど目を閉じた瞬間に守護霊の存在を意識することはとても大事なことです。私たちの回りには、目には見えなくてもいつも霊がいます。自分が感じていることや発する言葉は光となりオーラとなって、回りの霊たちにすべてが見通されてしまいます。隠し事はできないのです。
霊界の援助を引き出すことができる最高の道具とはイコール最高の霊能者です。スピリチュアリストにとって、いわゆるサイキック能力は必要ではありません。霊界の援助を引き出す力、すなわちスピリチュアル能力を持つことこそが重要であり、それがあってこそ最高の霊能者といえるのです。
そのためには、日々の一瞬一瞬において緊張感を保ち、真理の普及と自己実現という責任をしっかりと担い、常に霊性を研ぎ澄ませていなければなりません。全力を出しつつ謙虚さを忘れないことが必要なのです。すべてを見通す霊たちに信頼される純粋さ、真剣さ、誠実さがあって初めて霊界の援助を受けることができる、道具として認められ使っていただけるのです。


私たち人間は地上の道具として働くことを決心していても肉体があるが故に、この世界に隈なく及んでいる霊界からの働きかけ、霊的力の全貌を見ることはできません。しかしそれが現実的な事実であることは確信できます。そして、道具として真理普及をすることで地球全体の幸せのために貢献することができるというスピリチュアリストの立場は、地上において最高の価値を持つものであることを実感します。強い信仰と、最高の奉仕ができる立場に立っているという自覚をいつも持ち続けていたいと思います。

さらに重要なことは、最高の道具として真の価値を成す働き場所、大きな価値を持つ仕事は遠く離れた所にあるのではなく、現実に生活を営んでいる、その場所で行うことなのです。
どのような状況下にあっても、今いる場所で、真理を届ける最高の道具を目指してさらに努力していくことをあらためて心に強く刻み込んでいます。(S・S)



’10/11/18
「霊主肉従の実践」 


霊主肉従はスピリチュアリズムを実践する上での原点・出発点であり、基本中の基本です。スピリチュアリズムでは人間は本来、霊的存在であるということ、霊的に成長するためには霊を優位にしなければならないことを明確に示しています。スピリチュアリストはそのことをしっかりと理解した上で、具体的な努力をします。

一方、霊的真理を知ることができなかったかつての修行者達は、山に篭り、断食や水行などの肉体行によって煩悩からの解放を試みたりと、とても厳しい環境の中で生活をしていました。肉体的にぎりぎりの限界まで自分自身を追い込み、まさに命がけの修行をしていました。こうした肉体行は全く意味のないことではありませんが、「人間は本来霊的な存在である」という霊的真理を知らない中では、本来の目的を達成することはできません。スピリチュアリストとの決定的な違いがここにあります。

「霊主肉従」は、実にシンプルな言葉ですがとても画期的であり且つ重要な言葉です。

霊的人生を送ろうと真剣に向き合えば向き合うほど、霊肉の戦いは厳しくなります。霊主肉従の実践ができていなければ、「苦しみへの正しい対処」もできませんし、「利他愛の実践」も表面的で形だけの活動となってしまいます。「霊優位」は、真にスピリチュアリズム実践の第一歩なのです。霊界の良き道具となるためにも絶対に必要なことです。


日頃の生活の中で「肉体を持った霊」としての自覚をしっかり持って、「霊主肉従」という自分自身との内面的な闘いを続けていきたいと思います。(T・S)




’10/10/21
「真理の正しい理解」 


スピリチュアリズムというのは一言で言えば超宗教です。
スピリチュアリズムの本質は宗教であり信仰ですが、一般の宗教のような組織は無く、教祖もいません。そういった意味で他の宗教とは全く違います。

一般的に宗教とか信仰という言葉を聞くと抵抗感を持つ人がいます。そういう人はシルバーバーチの霊訓を読み、スピリチュアリズムと出会っても、スピリチュアリズムが宗教であると知ると、なかなか受け入れる事はできません。それはこれまでの宗教が社会的に大きな問題を起してきたことも、その原因となっていると思います。また、宗教を信仰することで自分の人生が束縛される、宗教に深くのめりこむと、そこから抜け出せなくなってしまう、だから宗教には入りたくないという人もいるでしょう。
 このように一般の人は宗教や信仰という言葉に悪い先入観を持っています。

シルバーバーチの霊訓をただ読んでいるだけでは信仰とは言えません。もしもシルバーバーチの言っていることに確信が持てないならば、じっくり時間をかけて正しいかどうかを確認することが必要です。その上で信じるか信じないかを判断すれば良いのです。

スピリチュアリズムの信仰は、まず霊的真理を正しく理解するところから出発し、それが土台となっています。正しく理解できたらそれを実践していきます。真理を正しく理解しないで実践しても、それは活動になってしまったり、真理に対する確信が無いために、少しの問題で信仰そのものが崩れてしまいます。
まず真理をしっかりと理解し、その上に正しい実践をする。それによって正しい信仰心が持てるようになるのです。正しい霊的真理の理解が無ければ正しい実践もできないし、正しい信仰心も持つことはできません。

霊的真理を正しく理解する事は、スピリチュアリズムの信仰を確立する上でとても重要なことなのです。
(T・S)




’10/10/21
「正しい人生を生きる」


宇宙は神の造られた法則によってすべてが動いています。森羅万象のすべてがその法則によって支配されています。法則を知らないから無関係、ということはありません。神は私たち人間が幸せに生きるようにと様々な摂理・法則を作られています。誰一人神が造ったその法則から離れて生きていくことはできません。ですから私たちはまず摂理に対する絶対的な信頼、完璧な信仰を持つことが必要なのです。
正しい人生とは神が私たちを幸せにしようとされた摂理に添って生きることです。毎日を摂理の実践の生活とすることです。そうすると大霊の恩寵にあずかることができる。大霊から恵みが与えられるのです。

私たちが摂理に対する絶対的な信頼を持って正しい人生、すなわち神の摂理を実践する生活を送るならば、日々を摂理に適ったものとするならば、神の恵みが与えられるのです。
神からの恵みと聞くと、私たちはともすれば物質的なものを与えられることを期待しがちです。しかし神の恵みとは摂理に適った恵み・霊的な恵みのことです。決して物質的なものが与えられるということではありません。

霊的な恵みとは、自分自身の霊的成長が成されること、利他的な行為、奉仕活動ができる時間と場が与えられる、という摂理に添ったものです。ゆえに私たちはもっと霊的に成長したい、もっと奉仕をしたいという意識をいつも持つことが大切なのです。

日々を正しく神の摂理の実践に精を出せば神から恵みが与えられます。具体的には霊的成長が成される。奉仕のチャンス、利他愛を実践する場がが与えられるということです。
完璧な信仰を持って、摂理の実践に励む生活、正しい人生を生きれば、霊的成長や奉仕
の願いは、神が必ず聞き届けてくださるのです。(S・S)



’10/10/7
「成長へのステップ」」


スピリチュアリストが成さなければならない4つの実践の一つが「苦しみへの正しい対処」です。
身近な辞書では「苦しみとは肉体的、精神的に我慢ができない状態のことである」と説明が成されていますが、人間にとって肉体的な苦しみは、時に耐えがたい痛みが伴っていても、精神的な苦しみに比べるならば、比較的容易に克服できるもののように思います。しかし精神的な苦しみを乗り越えることは本当に難しいものです。

シルバーバーチは「苦しみというものは目に見える外面的なものにかぎらない。心、精神、魂が、その内奥で感じるのが本当の苦しみです。」と語っています。そして、苦しみを抱えていない人間は一人もいない、と断言しています。10人いれば10人の、100人いれば100人のそれぞれが異なった苦しみや悩み、困難を抱えています。多くの人はそうしたことを少しでも避けようとします。
しかしスピリチュアリズムは、それらの苦しみは私たちが真に成長するために絶対に必要なものなのだということを明らかにしたのです。

人間は自分自身を成長させるためにこの地上に生まれてきています。霊的成長のために地上人生の中で起きてくるであろう、様々な内なる苦しみを精一杯の努力を通して必ず乗り越える、という決心を一人一人が生まれる前にしているのです。故に現実の場で克服できるかどうか、乗り越えることができるかどうかのギリギリの状態に追い込まれても、それでも成長へのステップとして必要なものとして受け入れ、果敢に挑戦していかなければなりません。
スピリチュアリストにとって、苦しみ・困難を乗り越えるときの力となり、指針となるのが霊的真理です。霊的真理にしがみつくという言葉がありますが、1つのシルバーバーチの言葉を信じて頑張りぬくことは、地上における苦しみへの正しい対処であり、その体験はまさに貴重な宝ともいうべきものです。

苦しみを苦しみと感じなくなる、まだまだそうした心境には至っていない現状ですが、それらは自身の心の変革、成長へと繋がっています。難しいことではあっても、自分自身の心の変革を喜びをもって成し遂げていきたいと強く感じています。(S・S)




’10/9/16
「死後の世界存在の確信」 


霊界による地球人類救済の大事業の第一歩は、地上人に死後の世界があることを明確に示すことから始められました。死後の世界・霊界は私たち地上人にとってとても密接な関係にあります。人間は地上界と霊界の両方の世界で同時に生きています。
全ての人間にとって「死」は、ごく当たり前の出来事であるにもかかわらず、一般の人々はそれを最大の悲劇であり恐怖と考えています。地上に生を受けた地上人の誰もが必ず迎える「死」でありながら、それが全くのマイナスの出来事であるとしか考えることができなかったのが、これまでの地上人の霊性の実態です。

真理を知らない多くの人たちは死後様々に混乱し、霊界人を困惑させているのです。本来あるべき人間の霊界への自然な移行ができていないのです。霊的無知で覆われた地球が「全宇宙に数え切れないほど存在する惑星の中で、霊的進化のレベルにおいて下から2番目の低さである」ことは、こうしたことからもよく分かります。

しかし私たちスピリチュアリストは、霊的真理をより深く学ぶ中で「死後の世界」の存在を知識として理解するだけに止まらず、強い確信と実感を持つことができます。そして永遠の世界を確信することで心を大きく広げることができ、地上を去るときには混乱することなくスムーズな移行が成されるのです。

今日、スピリチュアリズムという地球人類始まって以来の霊的大改革が進展しています。高級霊の霊界通信によって明らかにされた霊的真理は、地上人の生き方を正し、霊的に成長させるという人間の本来あるべき地上人生へと導くものです。
高級霊界あげての必死の働きかけを通して霊的無知を一掃し、人類の霊性のレベルは今後、確実に上昇していくのです。(T・S)




’10/9/16
「霊的存在ということ」


一人の人間が神の分霊として個性を持つ、その出発は受胎時であるとシルバーバーチは明言しています。霊界が主の世界であって地上界は従であるけれども、霊的成長を成すためのそもそもの出発は肉体を得て始まるということに、人間では推し量ることのできない神の叡智、神秘さを感じます。
また、受胎時に宿る霊には最初の地上人生となる新しい霊と、カルマの解消など、より魂を成長させることを目的に再生する古い霊とがあり、しかもその割合はほぼ同じであるという驚くべき事実もシルバーバーチによって明らかにされています。スピリチュアリズムが人類にとっての最高の真理であり、奥深いものであることはこうしたことからも如実に示されています。

人間の五感で感じることはできなくても霊的世界は現実に存在し、地上世界に大きく関係しています。その関わりがどれほど深いものかは、スピリチュアリズムによってしか知ることはできません。人類史上初めて明らかにされた真理によって、私たちスピリチュアリストは「自分は霊的な存在である。肉体はただの入れ物にすぎない。」ということをよく知っています。現実には肉体しか見ることはできなくても、私たちは今この瞬間も霊界で生きている霊的な存在です。私たちは地上人生だけで消えて無くなる物的な存在ではなく、永遠に成長の努力を続ける霊的な存在なのです。

そして私たちの生きる目的はその霊の成長にこそあるのです。肉体が最も安定する地上界にあって、物質主義ではなく霊を中心とする生き方をすること、物的なことに翻弄されるのではなくそれを確実にコントロールすることが求められています。
そのために真理の学び、祈りがあります。霊的存在を生かすために霊的エネルギーを得る努力をするのです。努力を怠るとたちまち霊的な意識が薄れ、物的思いが頭をもたげてきます。そしてその度に肉体がどれほど重い足かせになっているのかを思い知らされます。

しかし真理の実践に真剣さが加わるほどに自分が霊的存在であるという認識は深められ、と同時に、霊界の存在を明確にし、霊こそが本来の自分自身であることを提示したスピリチュアリズムこそが人類が求めに求めてきた、本物の救いそのものであり、すべての人類が手にしなければならない最高の叡智であるということを強く実感します。


私たちは永遠の霊的存在として、神の完全性に少しでも近づくべき努力を始めているのです。(S・S)




’10/9/2
「霊界からの援助を得るために」


私たちスピリチュアリストは日々、スピリチュアリズムの普及に向けて努力しています。その歩みはあらためて言うまでもなく、自分一人で孤軍奮闘しているわけではありません。そこにはいつも、守護霊、背後霊の導きがあります。
しかし霊界からの援助は、常に霊界側のタイミングと方法、摂理に一致した方法によって行われます。私たち地上の側に合わせて援助が成されることはありません。
霊界の援助は霊界側から見て、必要とされたときに初めて成されます。地上人にとって結果的に何が一番良いか、長い目で見てこの人間にとって霊的成長するのはどういう内容か、何が霊的成長にプラスとなるのか。そうしたことをすべて判断した上で援助が成されるのです。

ですから、私たちは動機を正して、ひたすら霊界の導きを信じて全力を傾けることだけが要求されます。自分の立てた目標の結果が、今思うように出ていないとするなら、まだその時期ではないということです。

霊界からの援助を得るために私たちに求められる必要な条件とは、
@動機を正す。A全力を傾ける。 この2つに集約されます。


霊的真理の普及という行為は地球上の仕事の中で最高に重要な、最高に価値ある仕事です。そして私たちは霊界の道具です。これらの大切なことをいつもしっかりと念頭においていたいと思います。
背後からの導きがあることを決して忘れることなく諦めずに力を尽くし、より良い方法を得るためにさらに真理を学習し、道具として気持を折らさず精一杯やり抜いていけば、必ず道は開けてくるはずです。最善の結果が現れてくるはずです。

スピリチュアリストにとって必要なことは、シルバーバーチが言っているように、どのようなときも神と霊界を信じて頑張りぬくことだけなのです。(S・S)




’10/8/19
「苦しみの価値」 

この地上で肉体を持って生活する人は、必ず苦しみや困難を体験します。地上という所はそういうところです。

一般的に社会に出て体験する苦難の一つに“人間関係の問題”があります。多くの人と関わりを持てば持つほど、そうした問題は起きてきます。また、身の回りの不幸や不和も苦しみの大きな原因となっています。病気もその中の一つです。
こうしたことから「何とかして逃れたい」という思いで、宗教を信仰するようになる人も多くいると思います。「苦しみ」は、できることなら誰もが避けて通りたい道です。

スピリチュアリズムでは「苦しみ・困難」は、魂の成長・霊的成長にとって必要なものと位置づけしています。つまり、霊的成長に不可欠な条件なのです。苦しむ事は良いこと、苦しみがあってこそ成長できるのです。「苦しみ」を正しく理解すれば、勇気を持って受け入れ、乗り越える力を得ることができます。そうした体験を通して、スピリチュアリズムの霊的真理の深さを実感できるようになります。そしてこのスピリチュアリズムこそが本物であり、人生をかけて歩むに相応しいものと認めることができるのです。

様々な体験を経て、時期の来た人からスピリチュアリズムに導かれ、本物の真理に出合うことができます。乗り越えがたいと感じていた困難や苦しみは全てスピリチュアリズムに出会うための準備だったのです。
これからも霊的真理を深く理解していくと共に、霊的成長に必要な「苦難」に正々堂々と立ち向かっていきたいと思います。(T・S)




’10/8/19
「霊的同胞主義」


スピリチュアリズムの最終目的は霊的同胞世界の確立です。それは何百年も、あるいは何千年も先のことになるかもしれませんが、シルバーバーチは確実に到来しますと断言しています。霊界の高級霊も、そしてその道具として働く私たちスピリチュアリストもその確立を目指して働いています。
スピリチュアリズムは地球人類の全体的な進化レベルを上げる活動です。一人一人の成長レベルは異なりますが、先に霊的に高いレベルに至った人間は、全体のレベルを引き上げるために、後に続く人たちに手を差し伸べる立場に立っています。

真の霊的同胞主義とは自分だけが幸せになろうとするのではなく、全体を幸せにするために、全人類が幸福な人生を送ることができるように、先に歩む者が自らを犠牲にして働きかけていくことです。そうした利他愛から霊界の人たちは皆、本来の住む場所である居心地のよい素晴らしい霊界に止まらず地上に降りてきて働いています。そして物質主義と利己主義に覆われてしまった地球を真の霊的世界にするために、あらゆる分野に影響を及ぼしているのです。

そうした地上に対する霊界の働きかけがさらに威力を増すことができるように、私たちスピリチュアリストが存在します。すべての人類がさまざまな違いを乗り越えてお互いが神を親とした霊的兄弟姉妹であることを自覚し、違いを差別するのではなく尊敬しあう真の霊的同胞世界の確立の第1歩は、まず自らの日常生活を真理に添ったものとし、身近な人に真の利他愛、すなわち本当の救いに至る真理を伝えていくことに集約されるのです。

大いなる理想の実現が、今霊的真理を知った私たちの努力にかかっていること、多くの高級霊がすべてを犠牲にしてその仕事に全精力を傾けていることをしっかりと心に留め、着実な歩みを成していきたいと思います。(S・S)




’10/8/5
「カルマと病気」


ニューズレター48号の後半は「健康とカルマの法則の関係」について述べられています。
病気はなぜ起こるのか。病気の原因は何かということですが、霊的な観点から見たとき、スピリチュアリズムから見たときは、たった一言で説明がつくのです。
その原因とはカルマということです。病気の原因はたった一つカルマなのです。カルマとは神の摂理違反、逸脱、不一致のことであり、そこから病気が発生しています。カルマをなくせば病気は治る。ウィルスによる病気であっても、その根本は人間のカルマから来ているということは驚きでした。
神は人間をウィルスと共生するように造られている。さらに生体維持機能として自然治癒力や免疫機能まで人間の身体には備えられている。ウィルスは人間が神の摂理と一致していないがゆえに、病原体と化しているということでした。

すべての病気の原因はカルマであり、一見カルマとは無関係のように思われる細菌性の感染症であっても、根本的な原因はカルマなのです。

カルマには3つのレベルがあります。
人間は霊・霊体・肉体の三位一体の存在ですから、カルマも霊・霊体・肉体のそれぞれに存在します。肉体の間違った使用から生ずる肉体レベル、肉主霊従となっている霊肉レベル、そして利己心を持つことから生ずる霊・精神レベルのカルマです。
この3つのうち、肉体及び霊肉レベルのカルマは霊・精神レベルに較べれば取り除くことは可能です。しかし霊・精神レベル、即ち、心のカルマを取り除くことは一番難しく簡単にはできません。なぜなら心のカルマは霊性レベルと関係し、また自分自身の心を根本から変えることが必要になるからです。
心を変えることがどれほど難しいことであるか、私たちはよく知っています。スピリチュアリズムを実践しようと努力しているスピリチュアリストにとっても心のカルマを無くすことは大変です。ですから真理を知らない一般の人たちにとってどれほど難しいことであるのかは容易に想像がつきます。

カルマがなくならない限り病気は治りません。しかし先にも言ったように、人間はカルマを無くすことがなかなかできません。それゆえに苦しみがあるのです。苦しみはカルマを償うため、カルマ清算のために起こっています。
すべての体験が魂の成長に繋がっていることをあらためて実感します。(S・S)




’10/7/15
「霊性教育について」


「続スピリチュアリズム入門」7章に霊性教育について書いてあります。
育てられたという受身的な意味も含めれば、今地上で生きている人のすべてが、育児・教育に関わりを持っているということになります。それほど育児・教育という問題は人間にとって身近な出来事であり誰もが経験することなのです。

地上に生まれてくる子供は自らの魂の成長・霊的成長を最大の目的としています。地上の親・肉体の親はその子供が目的を達成できるように指導し、援助する立場にあるのです。そのために絶対に必要なことは、親となるものが霊的真理を知っているということです。親の中にスピリチュアリズムの霊的真理がなければ、霊性教育はできません。子供の魂を成長させる事も当然できなくなってしまいます。

実際、地上のすべての親が霊的真理を全くもっていない状態で子供を育てています。親となる最低条件が満たされていないまま、子供を育てているというのが今の地上の現状であることをこの章を読んであらためて実感しました。

子育てをしている親の多くが「子供が将来幸せな生活をして欲しい」という地上だけの価値観のもとで利己的な幸福を願っています。そうした親に育てられた子供は、同じ意識でこの世的な幸福を追求してあくせく働くことになるのです。これでは子供の心を狭くし、霊的成長の妨げになってしまいます。一刻も早くそうした狭い価値観、狭い幸福感を脱却するためにも霊的真理を知ってもらいたいと願います。(T・S)




’10/7/15
「完全に向けた歩み」


スピリチュアリズムを知り、人生の目的は「心の成長」と教えられたときから、何十年という決して少なくはない年を重ねてきました。心の成長とは内面深化・心の進化に他なりません。
シルバーバーチは「進化とは不完全なものが完全となっていくということを意味するのですから、当然苦を伴う過程であるはずです。」と言っています。

これまでの霊的人生を振り返れば、早く自分を変えようと猛然とダッシュし、けれども思うようにはいかずに疲れ果てて、気がつけば何も変わっていない、という体験を何度となく繰り返してきました。そのたびに自分自身の心でありながら自分の思いどうりにいかないという自己コントロールの難しさを思い知らされていました。

あるときシルバーバーチの「あせってはいけません。地上の人間の悪い点は、せっかちだということです。大霊は急ぎません」という言葉を目にしたのです。焦るような思いが必要なときもあるだろうけれども、自分の内面を変える努力に関しては、一生をかけて続けていくべきものであるとそのときようやく納得することができました。そしてもっと腰をすえてじっくりと自分の心と向き合っていこうと思いました。

心を成長させるということは、完全へ向けての努力ですからこれで良しという終わりはないのです。さらに、完全へ向けてとは摂理に一致させていくことですから、そこには当然厳しさが求められます。自分のすべての体験を霊的真理に照らして対処していく。そうした厳しい努力が必要なのです。
何のためにシルバーバーチの霊訓を読むのかといえば、そうした厳しい努力の指針として読むということです。知識として自分の中に止めておくだけではなく、すべての行為を自分流の理解ではなく真理の観点から対処できるようにするためです。

人生を通して続けていく厳しい努力ではあっても最高の喜びが得られることは間違いありません。焦るような思いを持ちながらも、確実な歩みを積み上げていきたいと思います。(S・S)




’10/7/1
「根本的な改革」


ニューズレター48号に、「スピリチュアリズムこそが最高次元の政治改革運動」とあります。国、あるいは世界の根本的な改革を成し得るのは政治ではなく、一人一人の心の変革を促すスピリチュアリズムだけなのです。

人間としてどのように生きることが本当の幸せなのか。私たちスピリチュアリストは真理によってその答えをもうすでに手にしています。一言で言えば自分の心の成長を成すこと。そしてそれは神の摂理に添って生きる努力をすることなのです。神が本来願われた人間になる努力をする。それが私たち人間を最高に幸せにする生き方です。

霊的真理に基づいた心の変革は、外面的な有りようを変えるものではなく自分自身の内面という、根本を変えていく努力です。真理がない限りすべての改革は表面的なものに止まります。そして時に表面的変化は内面まで変え得たかのような錯覚を起させます。しかし外側だけを変えても本質が変わらなければ、真の変革とは言えません。
霊的真理に基づくものでない限り、根本的に変わることはないのだということは、人間の心だけに止まらず、あらゆる面において言えることを今あらためて実感しています。


一人一人の心の変革があって始めて社会、国、世界が変わっていくのです。すべての不幸・混乱の元凶は霊的無知にあるのだということ、そして真理を得て霊的人生を送ることがどれほど素晴らしく価値があることなのかをより強く感じています。

現在の日本は、少しづつ霊的真理が浸透しつつあります。私たちスピリチュアリストは、先に真理を得た者として日々努力を重ねています。ニューズレターにあるように経済的困難が予想される中にあっても、モノ・カネ中心の国家から精神中心の国家へ進化し、一人でも多くの人が心満たされる本当の意味で幸せな人生を掴むことができるように、さらに強い自覚と意志を持って歩んでいきたいと思います。(S・S)




’10/6/17
「信仰について・・・A」


私たち人間は本来霊的存在であり、肉体を持ってこの地上で生きています。地上人生を送る最大の目的とは、言うまでもなく「霊的成長」をするためです。霊的に成長できてこそ、その人生が価値あるものとなるのです。もしも霊的に成長することができなかったとするなら、その人生は無駄であったことになってしまいます。
人間を霊的成長に導いてくれるものが信仰であり、霊的存在である私たち人間を霊的に成長させてくれるものです。信仰をしても霊的に成長することができなかったとするなら、それは信仰そのものが間違っていたか、正しい実践がなされなかったからということになります。間違った信仰をしないようにするには、その教義が本物であるかどうかをしっかりと理性を働かせて見極めなければなりません。

スピリチュアリズムの霊的真理は霊界の高級霊によってもたらされました。神の願いを知る高級霊の方々が、自らの霊界での生活を犠牲にして、私たち地上人に救いの手を差し伸べてくださいました。シルバーバーチに代表されるスピリチュアリズムの霊的真理は、地上人の霊的成長に焦点を絞り、集中して示されています。

この霊的真理に添って生きる努力をすることが信仰実践生活です。スピリチュアリズムは私達を本物の幸福に導いてくれるものです。地上人生の中で、最高に価値あることに向かって努力できることほど大きな喜びはありません。
私にとって最も深い喜びは、スピリチュアリズムの霊的真理と出会い、それが本物であることを理解し、実践のチャンスが与えられているということです。この喜びは他のものとは次元が違います。

「信仰」こそ私達を真に成長させてくれるものであり、最高の霊的喜びを与えてくれるものであると確信しています。たとえそれが厳しく困難な道であっても、いつも喜びを心の内に秘めて進んでいきたいと思います。(T・S)




’10/6/17
「『霊的世界の存在者たち』を読んで」

ニューズレター49号に「霊的世界の存在者たち」というサブタイトルで、霊界にはどのような霊たちが存在しているのかという説明が成されています。

霊についてはこれまでもニューズレターや様々なスピリチュアリズム関係の本などを通して、低級霊、地縛霊、未熟霊の類は学んでいます。特にニューズレター21号、22号では低級霊は地上人の隙をいつも狙っていて、イタズラやカラカイをしようと手ぐすねを引いていることなどを知り、低級霊や地縛霊の存在を現実のこととして認識することができました。

今回はそうした低級霊だけではなく、霊界に存在している他の霊について、初めて知ることも多く、44号の天使のときほどではありませんが、それでも衝撃的な内容でした。その中でもいちばん興味深かったのは妖精です。
自然の営み(道端の草の1本1本にまで)すべてに、妖精が関与しているからこそ、摂理が保たれているという内容は、驚きと同時にものすごく納得できるものでもありました。草木、花などに話しかけることで、大きく咲かせたり、咲いている期間が長くなったりするということは、よく耳にします。話しかけたりすることは愛を与えることであり、ゆえに草花もそれに応えようとしているという理由もうなづけるものでしたが、それに妖精が深く関わっていたのです。作物の出来、不出来も人間と妖精との関係で大きく違ってくることも知る中で、自分自身、自然を見る目が確実に変わりつつあります。

 私たち一人一人に天使が付いているということも、大きな驚きでしたが、妖精の自然への関わりは、同じように衝撃でした。思いもよらない霊たちが地球の仕事に従事していること、でもそれでこそ、地球の自然の営みに秩序が保たれ、地球だけでなく全宇宙の営みが寸分の狂いもなく成されているのだと納得しました。霊がすべての主体であることを、あらためて再確認しました。

 霊界において低級霊、邪悪霊が存在することは容易に想像できます。しかし、地上人にとって霊たちが作り出すことのできる想念霊と低級霊とを、しっかりと判別することは難しいことであり、生半可な知識ではいいように翻弄されてしまいます。私たちの想像をはるかに超えて、ありとあらゆる場所を通じて低級霊は暗躍しています。

目に見えない世界への対処は、霊的知識を正しく理解し、霊主肉従と利他愛実践、すなわち正しい信仰実践しかないのです。そして霊的事実を正確に伝えることができるのは、霊界を正しく知り、霊的真理を深く学び、理解することのできる本物のスピリチュアリストしかいないことを実感しました。(S・S) 




’10/6/3
「大切なのは霊的真理のみ」


宇宙人やUFO、アトランティスやムー大陸伝説など謎めいたことに関しては、どこか神秘さを感じるのか、超常現象に関心ある人々の心を惹きつけています。こうした事柄は宇宙の真実が知りたいと思う人々にとって心霊現象と同じように、興味がつきない格好の材料です。
私自身、もう何十年も前ですが、スピリチュアリズムに出会う以前はとても関心を持っていた分野です。しかし、それらの本をいくら読みあさっても、いつも心の中は疑問符ばかりが残り、なかなかすっきりとした答えは得ることはできませんでした。

それもそのはずで、今思えば当然のことであったのです。
なぜなら、霊的真理を知らない限り、そうした現象の解答は得られないからです。たとえ、解明されたと書いてあったとしても、多くはこじつけであったり、真の答えとは思えないようなものが多くあったりします。不思議な現象、科学では証明できない事象、そうした諸々は、霊的真理を知らない限り、何も分かってきません。

ニューズレターの9号、10号ではそうしたことに対して「どちらでもよいことにいつまでも関心を向けていてはなりません」というテーマで説明が成されています。
宇宙の目に見える現象とは次元を異にして霊界が存在するという、この真実を知るだけで宇宙人やUFOの問題は解決するのです。過去世がアトランティス人云々も、霊界での再生の事実を知ることであり得ない話となり、いかに低級霊のイタズラ・からかいの対象となっているかを正確に理解できるのです。

霊的成長を成すという貴重な地上人生を、どちらでもよいことに費やしては本当にもったいないことです。長いようで人生はあっという間です。人間にとって本当に大切なことは自分の心を高めることです。そのために必要なのは心を高めるために、成長のために何をすれば良いのかを教えてくれる霊的真理のみなのです。

人間の霊的成長を促す道、霊性進化の道を、他のことに無駄なエネルギーを注ぐことなく、霊的真理に忠実にひたすら歩んでいきたいものです。(S・S)




’10/5/20
「信仰について・・・@」


信仰とは本来、生活そのもの、生き方そのものでなければなりません。片手間で気が向いたときだけ・自分に都合のよい時だけ―そうした気ままな信仰は単なる自己満足のものであって、本当の意味での信仰ではありません。スピリチュアリズムは「神」と「神の摂理」を対象とした、摂理に徹底して忠実に生きようとする絶対信仰です。
地上で肉体を持って生活する人間にとって、完璧な信仰を持つことはとても大変なことです。が、それに近づこうと努力することが重要です。自身に関わる全てのものを犠牲にしても、スピリチュアリズムを最優先する生き方は、この地上的な視野だけで見たならば考えられないことかもしれません。しかし霊界からの見方、霊的視野で見たときには、最も価値ある賢明な生き方なのです。

ニューズレター16号の“完璧な信仰とは何か”に次のような箇所があります。
「地上の全てのものを捨てても、地上の全ての人々が反対しても、絶対にスピリチュアリズムだけは正しいとの信念を持つべきなのです。これがシルバーバーチに倣って、私達が身につけるべき絶対的な信仰なのです。」

ここに本来あるべき信仰の姿を見ることができます。

私は信仰姿勢について考えるとき、旧約聖書の創世記に登場するアブラハムの「イサク燔祭」の話を思い出します。このアブラハムの姿勢の中に「本物の信仰」、過去の聖人たちが貫いた「命を懸けた信仰」そのものが示されています。

私達は、スピリチュアリズムの霊的真理という地上人類史上最高の宝を手にすることができました。その大きな恵みをしっかり自分のものとして、過去の聖人たちに決して劣ることのない信仰姿勢を貫きたいと決意しています。日々の決意の積み重ねが大きな実りをもたらしてくれると確信し、たとえどんな嵐が訪れようとも吹き飛ばされることのない信仰心を持ち続けていたいと思います。(T・S)




’10/5/20
「一身を捧げる・・・スピリチュアリストの姿勢


今月の読書会でニューズレター22号の「スピリチュアリズム普及のために一身を捧げましょう」を学習しました。
シルバーバーチが神と人類に自分のすべてを捧げたいという願いより最高の愛、宗教、哲学はないと言い切っていることは、まさに私たちに最高の生き方を教えているのだとあらためて実感し、スピリチュアリズムは正真正銘の信仰であり、信仰実践であることを再確認しました。

「一身を捧げる」という言葉は、最近では一般的にあまり聞かれません。まず自分を大切に、自己を癒すという風潮にあって、すべてを捧げるなど、現代人には時代錯誤のように映るかもしれません。
しかしスピリチュアリストならば、当たり前のこととして受け入れるべきものです。なぜならシルバーバーチを始めとする高級霊がすべてを犠牲にして私たち地上人の救いのため、幸せのために働いているからです。一身を捧げているからです。

人は自分の将来に絶望し希望が持てない状況になったとしても、人のために役立つことをすることで生きる力を得ることができると、以前何かの本で読んだことがあります。スピリチュアリズムの霊的真理を知らなくても、利他性という神の摂理は宇宙を支配する法則ですから、利他的な行為を成すことで、本来あるべき人間としての生き方を見出すことができるのです。自分自身を真に生かす道は人のために生きるところにあると実感できるのです。多くの人は利他性が真理ということを知らなくても、無償の奉仕が、無私の愛が尊いことを肌で感じています。

しかし真理を知ったスピリチュアリストはそうした一般の人が思っている以上の愛、永遠の救いにつながる愛を現実に与えることができるのです。マザーテレサの愛は素晴らしいものですが、私たちはそれ以上の最高の愛を与えることができるのです。
そうであるならその愛をいつも身をもって示すことができるようにしていかなければならないとあらためて思いました。それがすべてを犠牲にしていく道であったとしても、まさに自分の真の生きる力となるのです。


シルバーバーチが言っているように自分のすべてを捧げたいといつも心から神に願って日々を送っているか。常に一身を捧げようとしているか。その姿勢をきちんと保つ努力をしているかどうか。自身に問いかけ、確固たる信仰を積み上げていきたいと思います。(S・S)




’10/5/6
「祈るということ・・・スピリチュアリズムの信仰実践」


「スピリチュアリズムは神と神の摂理に対する信仰である」
この言葉は、スピリチュアリズムを一言で言い表しています。スピリチュアリズムは神と神の摂理に対する絶対信仰です。信仰の対象は神であり、神の摂理です。神の摂理を正しく理解して、摂理に合わせていく努力、神に近づく努力をする。これがスピリチュアリズムの信仰実践です。
実践なきスピリチュアリズムは無意味であるとニューズレターに書いてありますが、スピリチュアリズムで行うべき実践は4つあります。霊主肉従に保つ努力。利他愛の実践(伝道)。苦しみの甘受。そして祈り・瞑想です。この4つの実践はどれもが大切であり、そこに優劣はありません。毎日の生活が信仰実践であり、その中にこの4つがすべて含まれています。

スピリチュアリストとしてこうなりたい、という理想は誰もが持っていると思います。そして理想を自分の大きな目標として、そこに近づくために、「信仰実践」として、これだけは実行しようという日々の小さな目標を立てるということはとても大事なことです。大きな目標を実現するためには、ものすごい背伸びと努力が必要だけれども、達成可能な小さな目標は、もう少し頑張ればできるかもしれない、という前向きな気持を持つことができるからです。
そして、一日の終わりに反省の時間を持ちます。私にとってその反省の時間とは祈りの時間に重なっていきます。自分の一日がスピリチュアリストとして相応しい一日であったかどうか。自分の立てた目標に近づこうと努力した一日であったかどうか。神の前に素直に出て行けるかどうか。それは自分自身の心を正す時間でもあります。
祈りはもちろん神に捧げるものではあるけれども、祈りに気持が向いたときは、やはり、霊界を意識し、守護霊を意識する時間となっています。ときには自分自身が立てた目標があまりにも達成できなくて落ち込み、反省すら嫌になるときがあります。同じような失敗を繰り返す自分に情けなくなることも多々あります。でも、そんなときだからこそ、神の前に出て、力をくださいと祈ることが必要なのだと思います。


自分自身を律していく道は、自分の行いに対しそれが真理に沿ったものであるかどうか、自分で判断していかなければなりません。1日の終わりに神の前に出てその日の自分を反省する。いつも霊界との触れ合いを持とうとする。スピリチュアリストにとって信仰を深めていく実践生活では、こうした霊界を意識し、守護霊の存在を感じ、自分の1日を反省する時間、静かに神の前に出て行く時間は本当に大切にしなければならないと思っています。(S・S)




’10/4/15
「妖精について」

今回のニューズ・レター49号に妖精について書かれていました。植物が生命体として存在することに妖精が関わっていることは理解していました。それは植物が人間の言葉や思いを通して伝えられる「愛」に反応すると信じていたからです。妖精とは生きているもの・生命体にしか関わっていないと思っていました。しかし今回、「原始霊」としての妖精が自然界を形成する空気・土・水・火という生命体でないものにも、それぞれ所属しているということを知ることができました。

「物質界も神の摂理のもとで、徐々にではあっても確実に進化しています」とありました。この地球という物質世界の進化にも妖精が密接に関わっているのです。地球の進化は自然界の変化・天変地異として、天使・妖精によって引き起こされているということでした。地上における様々な自然現象も、人間が神の摂理に忠実に従っていれば妖精の協力のもとで、ある程度コントロールできるようになるのです。私達地上人は、この地上世界の霊的な長として担わされた責任をしっかり果たしていかなければなりません。

自然災害が地球人類による摂理違反の清算現象であることも、はじめて知ることができました。近年、世界のあちこちで頻繁に自然災害が発生しています。異常気象などによって人々は苦しめられています。こうした現象には人類のカルマが大きく関わっていることを多くの地上人に知ってもらいたいと思います。

人間が無意識のうちに自然界の雰囲気を好むのは、妖精との触れ合いを求める霊的本能があるからです。私達人間は、神の摂理のもとで様々な「自然」を通して、妖精と深い親密な関係を持つように創られています。地上人類が霊的成長を通して摂理に沿った妖精との真実の関係がもてるようになるために、霊的真理の普及に真剣に取り組んでいかなければならないのです。(T・S)




’10/4/15
「ハイレベルスピリチュアリズムの確立」

「霊界の意図する本物のスピリチュアリズムとは、霊的真理の実践を通じて霊的成長をなすと同時に、人類救済のために貢献することである」とニューズレターの24号、15頁に書いてあります。
この24号には、スピリチュアリズムの3段階に亘る段階的発展についても詳しく述べられています。それによれば、スピリチュアリズムの初期は、心霊現象中心の現象レベルのスピリチュアリズムであり、次は高級霊からの霊界通信を知識として受け入れ、学ぶ段階の知識レベルのスピリチュアリズムです。そしてさらに3つ目の段階が霊界通信で降ろされた霊的知識、すなわち霊的真理を学ぶのみだけではなく、日常生活において実践する、霊的真理の実践中心とする実践的スピリチュアリズムです。

現在はその実践段階に入っています。私たちスピリチュアリストが目指すべきハイレベルスピリチュアリズムの確立とは、この実践的スピリチュアリズムの確立のことです。

スピリチュアリズムは心霊現象を研究したり、知識として学んでそれでよしということではありません。「実践なきスピリチュアリズムは無意味」とあるように、霊界から降ろされた霊的真理を実践してこそ、私たちの真の成長が成され、救いが得られ、心からの喜びと本当の幸せがもたらされるのです。
その実践とは自分自身を律し、無私の奉仕精神、本物のボランティア精神を持って自分を役立てることに他なりません。都合のよいときだけの奉仕ではなく、自分のすべてを捧げる純粋な姿勢です。これこそが真のスピリチュアリストの姿勢です。そうした本物のスピリチュアリストが、一人ずつこの地球上に増えるにしたがって地球の進化が促されていきます。

日々の正しい信仰実践の努力が、世界の霊的レベルアップに繋がっていくのです。人々の救いに貢献できるのです。回りの人々から見れば、何の意味も価値もなさそうなスピリチュアリストの信仰実践生活は、霊的に見れば光り輝く宝が得られる人生なのです。(S・S)




’10/4/1
「自己努力の継続」 

スピリチュアリストとして真っ先に実践しなければならないことは、言うまでもなく霊主肉従の努力、霊優位のための自己コントロールです。これが最高の生き方であるとシルバーバーチも述べていますが、同時に肉体を持つ地上人においては最も難しいことであるのも事実です。
私たちの生きる世界は物欲の渦巻く世界です。その物質世界にあって、重い肉体を持ちつつ霊優位の状態を貫くためには、意識を常に高い所に置く努力をしなければなりません。努力をやめれば、たちまちすぐに心のレベルは下がり、良き状態を維持することはできません。本能の欲求のままに生きることになってしまうのが地上に生きる私たち人間の常です。

霊的意識を高めたいとストイックになろうとする思いと、少しでも楽をしようとする、この心の中の2つの葛藤に勝利するためには、霊的なエネルギーが必要です。人間は霊の大海から取り出された神の分霊であり、今このときも霊の大海に浸っています。そこからエネルギーを取り入れるのです。空気を吸うのと同じように霊の空気を取り込むのです。
大自然は神の摂理そのままの世界です。自然の中に身を置き、息吹を感じ、空気を深く吸うとき、霊的エネルギーが入ってきます。森林浴は人間にとって本当に大きな力となります。

霊的エネルギーは祈りをすること、霊的真理を読むことでさらに多く得ることができます。そうした神のエネルギーで心を満たし、本能に流されない生活をしていくのです。

スピリチュアリストは真理普及という大きな目標を掲げつつ、日々の実践もおろそかにすることなく自己の内面修養に努めていくことが必要です。常に自分の内面を厳しく見つめる歩み、自己努力に奮闘することは最も大切なことです。自己修養を忘れた奉仕・献身は本物とはいえません。その努力を継続するエネルギーは神から与えられるのです。(S・S)




’10/3/18
「霊界の道具となる


「一人でも多くの時期の来た人に、スピリチュアリズムの霊的真理を伝えたい」
こうした思いは高級霊の願いを知るスピリチュアリストにとって、自然に湧き起こる思いです。伝道に対する情熱は、霊的真理を深く理解していればいるほど強くなります。そして更に、この地球人類の様々な悲惨な状況を目の当たりにした時、その思いは強くなります。
地上には人々を苦しめている多くの悲劇があります。その原因を探っていくと、必ず「霊的無知」に行き着きます。あってはならない地上の問題を根本解決するには、スピリチュアリズムの霊的真理の普及しかないことは、そのことからも明らかになります。

スピリチュアリズムは霊界主導の地球人類救済プロジェクトであり、霊界の高級霊からスタートしました。今この時も億万の高級霊が地上のいたるところに向けて、必死の働きかけがなされています。高級霊の働きかけは、地上で実践する人間がいることによって現実的なものとなります。その人間こそがスピリチュアリストであり、霊界が直接働きかける道具です。

霊訓の中に次のような箇所があります。


忘れないでいただきたいのは、皆さん方のような地上での道具がなくては、私たちも何も為し得ないということです。皆さんは私たちに闘いのための武具を供給してくださっているようなものなのです。皆さんの力をお借りする以外に地上には頼りにすべき手だてが何もないのです。喜んで私たちに身をゆだねてくださる人以外に、道具とすべきものがないのです。
 [霊性進化の道しるべ・115]

ここには高級霊の切実な願いが込められています。この言葉にふれる度に、何としても霊界の道具なって働きたいという思いが強く湧いてきます。本物の道具となるためには、霊的真理の徹底した学習が必須です。霊界によって示されたスピリチュアリズムの霊的真理には、現在の地上人が日常生活の中で実践すべき事柄が的確にあらわされています。その言葉を具体的な目標として日々努力し、真理の理解を深めて、霊界の本物の道具としての資質を高めていきたいと思います。(T・S)




’10/3/18 
「心の成長」


真理の理解は実践を重ねていくごとに深められていきます。そして心の成長へと繋がっていきます。日々の生活の中で悪戦苦闘し、自分の理想とする実践が思うように行かなくて、挫折感が心を占める毎日であったとしても、前向きの気持、霊界の導きに対する信頼を失わない限り、やはり霊的な進歩は確実に得られています。少しづつ霊的成長は促されているのです。

以前、人間は複雑さに耐えて生きていかなければならない、という言葉を耳にしたことがあります。まさにその通りで、私たちの周りはあまりにも多くのことが、複雑に絡み合っている世界です。すべてが一筋縄でいかない問題を抱えてこの地上で生きています。人間関係は、その最たるものではないでしょうか。
解決できない複雑さに耐えかねて絶望する人、できない中でも何とか自分の心と折り合いをつけ耐えていこうとする人等、問題に対する対処、生き方は様々です。

霊的真理を得ても、こうした私たちを悩ます複雑な問題が一気に解決する訳ではありません。けれど、真理を指針とする人は、その複雑さを少しずつ解きほぐす糸口を見つけることができます。耐えることができます。真理を持たざる人以上に、希望を持って忍耐できるのです。
なぜなら、霊界や守護霊の存在を教えられることで、自分が一人ではないこと、最善の道にいつも導かれていることが確信できるからです。そしてそうすることで、耐える力がより得られるのです。
さらに持たざる人との違いは、自分を取り巻く解決できそうもない複雑さも、すべて自分自身の霊的成長のためにあり、そうした環境を自分は選んで生まれてきたということをはっきりと理解できるところにあります。

自分の心を、魂を、より完全なものにする。より神に近づくために、今一人一人が、最適な場所に身を置いているのです。そしてその場所で真理を指針として生きる純粋さを失わない限り、常に成長していくことができるのです。(S・S)




’10/3/4
「高級霊の願い」 


真理の学習はシルバーバーチの霊訓やニューズレター、あるいはスピリチュアリズム関係の書籍を読む等々ですが、それが基本的事項の確認だけであったとしても、新鮮な感動と新しい発見は必ずあります。霊訓は何度も自分自身で読み、シルバーバーチの言わんとしていることは理解していると思っていたところなどでも、やはりまだまだ浅い理解に留まっていたと思うことは度々です。
「シルバーバーチの霊訓」を手にして、感動・感銘した人々は多くいます。しかし霊訓を読み、感動したとしても、本当にシルバーバーチの願っているところまで理解することは難しいことです。

シルバーバーチの願いは高級霊の願いであり、イエスの願いです。全人類を救うために霊訓がもたらされたのです。しかし、その深い霊的事実を身に迫った事実として受け止めるためには、シルバーバーチをただ漫然と読んでいるだけではできません。常に霊訓の言葉に自分の生活を一致させていくという、気迫にも似た純粋な努力が必要です。その継続が真理のより深い理解に繋がっていきます。

多くの人が求めても得られない宇宙原理の謎、人間存在の意味、そうした究極の哲学的命題の解答が霊的真理として、今私たちの目の前にあるのです。そしてさらにその答えを深められると同時にたくさんの霊的刺激、霊的エネルギーを得られる方法も教えられています。言葉で言い表せないほどの恩恵が、私たちスピリチュアリストには与えられています。同時に人類最高の霊的知識を真っ先に受け取ったものとしての義務、すなわち時期の来た人にその宝を手渡す仕事もあります。

スピリチュアリズム活動の究極の目的とは、人々の魂に霊的覚醒・霊的自覚をもたらすこと、霊的真理に目を向けさせることです。魂の覚醒をもたらすこと、すなわち人類に霊的救いをもたらすことは、この世で最高・最大の仕事をすることなのです。
私たちスピリチュアリストは、シルバーバーチを始めとする高級霊の願いである全人類の幸せのために働いているのです。日々の生活はそのためにあります。私たちが毎日霊的実践に努力する小さな一つ一つが全人類の救いに直結しています。そのことを今一度しっかりと自覚したいと思います。(S・S)




’10/2/18
「スピリチュアリズムの神観と祈り」


神について正しく理解することは、信仰をする上でとても重要なことです。スピリチュアリストにとって神は信仰の対象であり、祈りを捧げる対象でもあります。神についての理解は信仰そのものを深め、毎日欠かすことのできない祈りを深めます。祈りは欠かすことのできない重要な信仰実践であり、神を正しく理解していなければ、正しい祈りをすることはできません。
日常では祈りを通して、神を最も意識します。神がすぐ近くにいてくださることを心の中で想像し、意識をしっかりと向けて語りかけます。自分の心霊状態によって、意識の深さの程度は違いますが、できる限りよい状態をつくって祈るようにしています。

神を信じ、神に対して祈りをする。こうした行為は他の宗教においても共通することかもしれません。しかし外形は同じようであっても、中身にはそれぞれ大きな違いがあります。その違いの最大の要因が「神観」の違いにあると思います。神という存在をどのように認識するかによって、祈りの内容はもとより、信仰の実践内容も異なってきます。

スピリチュアリズムの神観は霊界の高級霊によってもたらされました。最初にこの神観にふれた時、スピリチュアリズムの霊的真理が如何に卓越したものであり、高級霊ならではの真実の「神観」であることを心から実感することができました。人間の地上的感覚をはるかに超えた存在である神の真実の姿を明確に、しかもシンプルでとても分かりやすく表されていました。

スピリチュアリズムの神観の理解を、祈りなど霊的真理の実践を通して更に深め、より強い神との絆を得られるようしていきたいと思います。(T・S)




’10/2/18
「スピリチュアリズムは信仰です」  

スピリチュアリズムは言うまでもなく、霊的真理の上に信仰心を積み上げるという信仰です。霊的真理で理解の及ばないところは信仰心で補い、真理を正しく理解し、正しく実践する。真理の正しい実践とは、霊主肉従の努力・利他愛の実践・苦しみの甘受に他なりません。そしてその上にさらに正しい信仰心を積み上げる。これがスピリチュアリズムの信仰です。
けれども、ただシルバーバーチの霊訓を読んでいるだけでは、なかなかこの信仰のレベルに行き着くことはできません。シルバーバーチはしばしば、「知識の上に信仰心を積み上げるのです」と語っていますが、よく言われるように、霊訓そのものの分量があまりにも多いため、ともすればシルバーバーチの語る言葉だけに感動してしまい、自分流の理解のままに終わってしまいがちです。


せっかくシルバーバーチと出会い、霊的真理を手にできたとしても、自分勝手な理解に終始し、正しく理解できなければ正しい実践、真の信仰になっていきません。最高の宝の持ち腐れとなってしまいます。霊訓は実践のための指針なのです。日常生活を具体的にどのように気持を持って過ごすべきかの指針であるのです。

私たちの回りを取り囲む世界は物質社会です。その中にあってスピリチュアリストとして正しい信仰を貫くためには、霊訓を読むとともに、歩む方向がずれないように、ニューズレターや、スピリチュアリズム関係の正しい解説書を通して、常に理解を深めていかなければならないことをいつも痛感しています。私は迷いがあれば、すぐに原点に帰るように、真理の全体像が説明されている続スピリチュアリズムの入門書などを読むようにしています。正しい理解があって、初めて正しい実践ができ、信仰が確立していきます。

最高の真理を手にしているスピリチュアリストは、自ら最高の実践をし霊的に生き生きとした姿勢を示すことが求められています。
日々の実践努力を通して本当の信仰心をさらに培っていきたいと思います。(S・S)




’10/2/4
「私たちの義務」  

人間は霊的存在です。ゆえにすべての問題は霊的視点から眺めない限り、問題の本質、解答を得ることはできません。

「霊」の根本は神につながっています。そして霊的真理とは神の摂理そのものです。

霊は神の摂理に一致したとき一番調和がとれ、生きることができます。肉体がなければ、人間はもっと楽に、簡単に摂理に一致できるのです。しかし難しいことではあっても肉体を持って摂理にあわせていくということが人間に課せられています。そうしなければ初期の霊的成長は達成できません。地上で肉体を持って魂を成長させる、これが地球に生を受けた者の目的であり使命でもあるのです。不完全な自分が少しでも完全に近づいていく、親なる神に一歩でも近づこうとする努力が大切な所以です。

真理の理解が深まるほどに、地球上のあらゆる問題の元凶は霊的無知であることが強く自覚されます。そしてその解決はスピリチュアリズムをおいて他にはありません。神の摂理に一致した生き方をする以外にないことを確信します。
病気も、不幸も、苦しみもありとあらゆるものの根本原因は、霊的無知ゆえに神の摂理に一致した生き方ができていないことにあります。その結果カルマを生じさせてしまうのです。宇宙は神が創造されたものであり、人間を幸せにしようとされた配慮で満ち満ちています。それに背けばマイナスとなるのは当たり前のことです。

すべての人間が摂理に一致した生活を送り、地上人生の目的である霊的成長をなすために、霊的真理を広め、同時に率先して真理実践者としての生き方を成していく。真理普及と霊的実践、この2つは私たちスピリチュアリストにとっての義務です。そしてそれ以外に人類を幸せに導くことはできません。
このことを今、あらためて強く感じています。
(S・S)




’10/1/21
「ニューズ・レター48号を読んで」

新しい年がスタートしました。昨年の暮れに一年の歩みを反省しました。達成できなかった目標、足りなかった歩みなどありましたが、今年はそうしたものを乗り越えられるよう新たな決意をもって前進していきたいと思います。


〈健康とカルマの法則の関係〉
人は誰もが一生を健康で過ごしたいと願っています。健康を手に入れるためにいろいろな方法が考えられ、世界的にも「健康ブーム」が広がっています。しかし現在の地球上で完全な健康を手に入れている人は、ほとんどいません。医学がめまぐるしく発達してきているにもかかわらず、大半の人々は病気になり苦しい経験をしています。

スピリチュアリズムでは、「病気」を次のように端的に示しています。
「病気とは、神の摂理に自ら背き、摂理と一致しなかった不調和の結果である」
病気は自分自ら選択した行為の結果なのです。病気の最大の原因は「心のカルマ」にあり、心の不調和が他のカルマの起因となって病気を引き起こすのです。
地上人は病気を体験するというカルマ清算の苦しみを通して償いの摂理が働き、霊的成長の道がリセットされるように神によって計画されています。病気はカルマを持つ人間にとって不可欠な体験であると同時に、良い出来事でもあるのです。スピリチュアリズムの霊的真理という大きな観点から「病気」というものを知ることは、霊的人生を送るためにもとても大切なことです。


今回、神の摂理の厳格性と深い愛を「カルマの清算の事実」を通してより深く知ることができました。

私達はカルマを清算し霊的成長をするために地上に生まれてきました。この本来の目的を達成するためにも、摂理にそった歩みをしていかなければならないと思いました。(T・S)




’10/1/21
「奮闘努力」

霊訓を読む度ごとにいつも感じることは、自分自身が真理を真っ先に与えられた者であり、肉体は地上にあっても、常に霊界の人々と共に地上に働きかけている道具であることをもっと自覚していなければならないということです。
シルバーバーチは「道具となってください。」「自分を犠牲にしてください。」「滅私の精神を持ってください。」と霊訓を通じて繰り返し訴えています。そのメッセージは地上人に最も伝えたいことだったはずです。シルバーバーチは自分の話しから霊的真理を知ったあなたたちが、まず、自分を犠牲にして神の摂理を伝えてほしいと訴えているのです。


霊的真理を真っ先に知った者は道具となって働く義務があるのです。私自身、高級霊に倣って道具として人生を捧げたいという決意は、以前と比較するなら、より強くなってはいても、まだまだ希薄であることは否めません。まだまだ未熟です。
今年に入って、私はこれまで以上にさらに道具であることを意識していこう、生活のどのような場所、場面においても忘れることがないようにしようと決意を新たにしています。そして道具としての資質を磨くためにも真理の理解をさらに深めていかなければならないと気持ちを引き締めています。


歴史を懸けたスピリチュアリズムの改革は始まったばかりです。私たちスピリチュアリストは紛れもなくその最前線に立っています。最高の仕事に道具として携われることは本当にうれしいことです。

スピリチュアリズムこそが地球を救い、全人類を幸せにすることができるのです。スピリチュアリズムこそが、地上人が今まで求めても得られなかった最高の宝の宝庫なのです。その宝を一人でも多くの人が手にすることができるように内に外に自分を律し真理普及に励んでいきたいと思います。

奮闘努力あるのみです。
(S・S)




’10/1/1
「新しい世界の招来」・・・2010年の初めに 


明けましておめでとうございます。
新しい年、2010年がスタートしました。今年も多くの方が霊的真理と出会い、霊的成長という最高の霊的宝を手にすることができますように心からお祈りいたします。

昨年最後の読書会では「シルバーバーチは語る」4章の前半を学びました。
4章のタイトルは「明日の世界」です。その中でシルバーバーチは「新しい世界の種子はすでに地上界に根づいています。しかし新しい秩序の誕生には大きな苦しみが伴います。」と言っています。
新しい霊的世界は確実に到来するけれども、その前には必ず産みの苦しみとも言うべき困難な状況が世界的規模で起こってくるということです。

「シルバーバーチは語る」の初版は1938年です。その当時も第2次大戦の直前で大きな不安が世界全体を覆っていました。しかしシルバーバーチはすでに地球の正確な未来像を確信し、その当時の状況を産みの苦しみの時期であると断言しているのです。
21世紀、現在の置かれている世界は、危機的な状況という意味では当時と同じです。第3次対戦という世界戦争の恐れこそは少ないですが、いたる所で民族や宗教の争い、テロ、また経済の大変動ともいうべき金融ショックの中、世界恐慌が起こるのではないかといった様々な不安は多くの人々の心にあると思います。
しかしこうした状況も、まさにシルバーバーチの語っているように、新しい世界が生まれる前の産みの苦しみなのです。

日本では今、「シルバーバーチの霊訓」の普及とともに、霊的真理が浸透しつつあります。スピリチュアリズムの伝道は時期の来た一人ひとりに手渡しをするということですから、全人類に伝えるまでには、当然気の遠くなるような時間がかかります。しかし新しい世界招来の第一歩は確実に踏み出しています。霊界側の確信する地球の正確な未来世界を確固たるものとするには私たちの自覚一つにかかっているのです。

新しい世界の確立は霊界の願いであり、スピリチュアリストの大きな目標です。私たちはそのために日々の実践に励んでいます。霊的実践に努力する毎日の小さな一つ一つが新しい世界招来に直結しています。

とにもかくにも霊的知識を広めることです。不安の尽きない世界に平和を招来するためにはスピリチュアリズムをおいて他に手段はありえません
〈霊的新時代の到来・291〉


霊的新時代を開拓しているという強い自覚を持って、この1年、自己修養とともに、道具としてもっと霊的貢献・奉仕ができるよう努力していきたいと思います。(S・S)